調査コラム2
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第58回「城下町前夜の松江―城下町遺跡(天神)の調査から」
松江市文化スポーツ部史料・埋蔵文化財課/川西学/2026年7月28日現在
はじめに
2025年11・12月に松江市では、天神町にあった「みずほ銀行松江支店」の跡地で松江城下町遺跡(天神町1番外)の発掘調査を実施しました【図】。銀行の跡地であったことから、江戸時代の城下町の跡などは建物基礎により撹乱(かくらん)を受けていましたが、その下層からは中世末(16世紀)の陶磁器や、当時の人々が食べていた獣骨や貝殻などが出土しました。今回はこの発掘調査の成果と、そこから推測される松江城下町形成以前の天神町周辺の姿をお伝えします。
【図】調査地位置図
天神町を含む白潟地区は、大橋川河口に形成された南から北へ延びる白潟砂州(しらかたさす)と呼ばれる砂州の上に位置します。松江城築城の際には城下町の一部となり、当時の城下町絵図からは商人たちが住む町屋が広がる場所であったことが窺えます。また、江戸時代以前にもこの地は町場が広がっていたと考えられており、1562年に編纂された中国・明代の地理書『籌海図編(ちゅうかいずへん)』にも「失喇哈打(しらかた)」の地名が記載されていることから、広く中国にも知られた場所でした。このように文献史料から現地はすでに中世から町屋が広がる場所であると考えられていましたが、発掘調査の事例も少なく、長らくその実態は不明のままでした。
1.調査の概要
現地は銀行の跡地であったことから、建物の基礎が地下約1.1~1.2メートルの深さ(標高1.6メートル)まで埋設されていました。このため、本来あるべき江戸時代の遺構面の多くは撹乱を受けていました。結果としては、撹乱層の下から検出した白潟砂州と呼ばれる自然に堆積した砂層の上面からしか遺構は見つかりませんでした。ですが、この砂層上面からは不定形に掘り込まれた直径0.3~1.8メートルの土坑(どこう、土を掘りくぼめた穴)が重なり合うように多数見つかり【写真1】、その中から陶磁器片【写真2】、貝殻や獣骨【写真3】、土錘(どすい、魚網に付けるおもり)、中世の無文銭【写真4】などが出土しました。
【写真1】松江城下町遺跡(天神町1番外)調査区全景
【写真2】陶磁器片(かわらけ、すり鉢、中国製磁気皿、同青磁碗、同青花皿)
【写真3】貝殻・獣骨
【写真4】土錐・中世無文銭
陶磁器片の年代から、土坑は16世紀中頃から後半の城下町形成以前の年代に掘られたものと推測されます。また、陶磁器片は備前焼のすり鉢やかわらけのほかに中国製の青磁の碗や朝鮮の陶器などもありました。出土した貝殻は大半がシジミでしたが、海で採れる巻貝やアワビなどもあり、獣骨についてはイノシシやシカと推測される骨が出土しています。
松江城下町遺跡では屋敷の建替えに伴って生じた瓦や陶磁器などを大量に埋めた土坑がいくつか見つかっています。しかし、今回見つかった土坑からは瓦片はほとんどなく、陶磁器も比較的少量であったことから、日々の生活で生じた食べかすなどを捨てたゴミ穴であると考えられます【写真5】。調査地は道路から離れた場所であったので、屋敷裏の空閑地に埋めたものと推測されます。実際、礎石を伴う掘立柱の跡も検出していますが、数は少なく、建物が建っていた痕跡は見つかりませんでした。
【写真5】土坑検出状況
調査の最終段階において、遺構の見つかった砂層上面からさらに約1メートル掘って陶磁器などの遺物が出土しないか部分的に確認しましたが、砂が厚く堆積しているだけで何も見つかりませんでした。どうやら現地では16世紀中頃から後半になってから人々が生活しはじめたようで、それ以前はまだ人が生活できるような環境ではなかったようです。
2.調査成果から見えてくる城下町以前の天神町
今回の調査では、国内で作られた陶磁器の他に中国や朝鮮で作られた陶磁器がいくつか見つかっている点は注目に値します。また、宍道湖から採れたであろうシジミの貝殻以外にも海で採れる貝殻や、現地から離れた山で採られたシカやイノシシの骨もいくつか見つかっていることから考えると、現地は自給自足をしていた漁村というよりは、城下町形成以前からモノが集まる商業地のような姿が思い起こされます。16世紀中頃から後半時点で白潟を中心とした街並みが天神町まで広がっていたとも推測されます。一方で、瓦片は今回の調査ではほとんど出土していないため、板葺や檜皮葺の町屋が並んでいた姿も想像されます。
現地は城下町形成以前から商人たちの住む町屋が広がり、中世の街並みを踏襲することで江戸時代以降も商業地として城下町の一部に取り込まれたと考えられていました。今回の調査によって考古学的にこの考察を裏付けることになる結果となり、大変意義深い調査となったと言えます。
おわりに
大橋川河口沿いの白潟地区では2021年度より島根県で発掘調査が行われています。ここからも松江城下町形成以前の中世の遺物が出土しており、今後も白潟周辺では発掘調査が予定されています。
今回、松江市で実施した天神町の調査についても整理作業を進めており、2026年度中に調査成果をまとめた発掘調査報告書を刊行予定としています。今後進められる白潟地区での発掘調査と合わせて調査成果をまとめることにより、城下町形成前夜の中世における白潟を中心とした地区の中世都市としての姿が解明されることが期待されます。
この記事に関するお問い合わせ先
文化スポーツ部 史料・埋蔵文化財課
電話:0852-55-5284(調査企画係)、0852-55-5293(発掘調査係)、0852-55-5388(文書館準備係)
ファックス:0852-55-5571(調査企画係・発掘調査係)、0852-55-5495(文書館準備係)
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更新日:2025年08月08日